2017年03月31日

2016-253 平成28年度を終える



今日は3月31日、今日で平成28年度が終わります。

夕方から、今年度の終わりを惜しむかのように、季節はずれの雪、「名残りの雪」が降り始めました。


その少し前、2年間お世話になった鈴木事務長が、学校を去って行きました。

教職員が見守る中、花束を贈られ、大変楽しい2年間でした、皆さんのご健康とご活躍、上田高校のますますのご発展を祈念しています、と挨拶してくれました。




職員玄関の外には吹奏楽班の姿があり、顧問の指揮で校歌を演奏、校舎内の教職員が歌って送り出しました。




吹奏楽班の作った列の間を通って古城の門まで行き、振り返った事務長は、再度手を振り、頭を下げました。

勤務最後の日に素敵なプレゼント、きっといい思い出になったことでしょう。

つくづくいい学校です。


さて、遅くなりましたが、このブログで書いたとおり、全日制と定時制、それぞれの終業式の校長講話を掲載します。


今年度も、この校長ブログをご愛読いただき、ありがとうございました。

次年度も書きたいと考えていますので、引き続きご愛読のほど、お願い申し上げます。


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平成28年度 長野県上田高等学校 全日制終業式 校長講話

平成29年(2017年)3月23日


おはようございます。

一昨日(おととい)、東京で、沖縄を除いて全国一早く、桜の開花宣言がありました。

昨年度と今年度の入学式、つまり、今ここにいるみんなの入学式には、桜の花が満開になり、「古城の門」の前の桜の樹の下で記念写真を撮影するという、上田では10年に1度あるかないかの、めったにないことが2年続けて起きました。そういう意味では、ここにいるみんなは「持っている」のだと思いますが、今年の3月は少し寒いので、来年度の入学式はどうなるのだろうかと思っています。

生物の授業で習ったと思いますし、特に植物に興味のある人は知っていると思いますが、通常、木に花が咲き、落ちた時には、すでに次の年に花を咲かせる準備が始まっています。冬になる前の時点では、いつでも花を咲かせることができるように準備が整っていて、その状態で蕾は身を守りながら寒い冬を越す。これを「冬の芽」と書いて「とうが」と呼びます。いつでも花を咲かせることができる準備が出来ているから、冬に季節外れの暖かい日が続くと、春に咲くはずの花が、12月とか1月に咲いてしまい、それが時々ニュースになる、ということなのです。

植物は、毎年毎年同じになるようにプログラムが組み込まれていて、それが遺伝によって引き継がれていきます。

一方、人間はどうでしょうか。

中国の劉希夷(りゅうきい)という詩人(劉廷芝(りゅうていし)とも呼ばれますが)のとても古い詩に「年年歳歳 花相似 歳歳年年 人不同」(年年歳歳 花相似たり 歳歳年年 人同じからず)という、とても有名な一節があります。きっとみんなも聞いたことがあると思います。

「年年歳歳」も「歳歳年年」も同じ、「毎年毎年」という意味です。毎年毎年「花相似たり」、すなわち、花は同じように咲く。しかし、毎年毎年「人同じからず」、人は同じではない。と言うのです。

では、この「人は同じではない」とはどういう意味なのでしょうか。いろいろな意味に解釈できると思いますが、この詩の前後関係や、この詩が「白頭を悲しむ翁に代わる(代わりて)」という題名であることからもわかるように、この詩の中では、「人は年をとってしまうのだなあ」と言って悲しむ、情緒的な意味であることがわかります。

しかし、私は、この有名な一節は、この詩を離れれば、違う意味にも解釈できるのではないかと考えています。

今年度の卒業式に 坂村真民(さかむらしんみん)という人の「念ずれば花ひらく」という詩の話をしました。

強い想いが強い行動に繋がり、そしてやがて花がひらくということを言ったのでしたが、それと同じように、「歳歳年年 人同じからず」という一節は、「同じ人であっても『毎年人は変わる』、あるいは『毎年人は変わることができる』」という意味に解釈することはできないだろうかということです。

「変わる」というのは、よい意味でも悪い意味でも、です。

植物には毎年繰り返されるプログラムがあって、それを繰り返す。

しかし人間は、自分の意志や強い想いで、同じことを繰り返さず、自分を変えることもできる。

そんな意味にとれないかということです。

と、話していて、やがて人間を超えてしまうのではないかと言われている人口知能(AI)やロボットと人間との違いもここにあるのかもしれないと思います。もちろん、AIもロボットも、どんどん進化しますが、1つの個体同士を比べた場合に、そんなことが言えそうな気がします。

みんなに話したでしょうか。

「1.01の法則」というのがあります。今朝目覚めた時の自分を「1」として、その 100分の1の0.01ずつ、今日から毎日、1年間成長し続けていったらどれくらいになるでしょうか。

1.01×1.01×1.01×・・・を365回繰り返す、すなわち、1.01の365乗ですが、これがなんと「37」を超えるのです。今の自分の37倍になるということです。もちろん、これは数字上のことで、そもそも「100分の1ずつ毎日成長する」ということが一体どういうことかということもあるわけですが、いずれにしても、毎日続けることがとても大事で、しかも、すごい結果を生み出すということはわかってもらえると思います。

また、その逆で、「0.99の法則」というのがあります。同じように今朝の自分を1として、100分の1ずつ毎日失い、それを1年間続けたらどうなるか。0.99×0.99×・・・を365回、0.99の365乗は、約「0.03」になってしまいます。100分の3の自分になってしまうということです。

人はどちらの可能性も持っているということであり、どちらになるかはすべて個々の人間の意志と行動による、ということです。

新年度始業式まで、今日を入れて約2週間あります。「2週間もある」ととるか、「2週間しかない」ととるか、それも結構重要ですが、いずれにしても、この2週間が過ぎれば、また日常が戻ってきます。4月になり、授業のある日には、自分だけで自由にできない時間が増えます。しかし、この2週間は、もちろん自由にならない時間もあるでしょうが、授業がある日にはできないことをやることもできるでしょうし、メリハリをつけて自分で自分の時間をコントロールすることもかなりできる。そういう意味では、とても重要な期間です。

みんなは、入学してから1年、あるいは2年が経ちます。というか、経ってしまいます、と言った方がいいかもしれませんが、入学前の時点で自分が理想としていた高校生活、目指していた高校生活が実現できているでしょうか。考えた以上にできているという人はいいかもしれませんが、できていないという人は、何か改善をしないといけないかもしれません。それには、この時期はとてもいい時期です。誰のものでもない、自分の人生であり、自分の高校生活です。「歳歳年年 人同じからず」。このまま流されてしまうのではなく、ぜひ、一度立ち止まり、深呼吸をして、やるべきこと、やりたいことにもう一度自分で優先順位を付け、メリハリをつけた生活を過ごしていってほしいと思います。

新年度、元気な姿で会いましょう。

終わります。


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平成28年度 長野県上田高等学校 定時制終業式 校長講話

平成29年(2017年)3月21日


おはようございます。

今年度の登校日も今日で最後、今年度も終わろうとしていますね。


先日は、4年生と三修制の3年生が卒業していきましたが、卒業生の姿をみて、みんなはどんな感想を持ったでしょうか。

卒業式の直前に行われた予餞会は、新しい生徒会役員が企画してくれて、とてもいい雰囲気で行われましたが、そこで卒業生が在校生に向けて語った言葉がとても印象的でした。特に、前生徒会長が、卒業式で話す答辞をみんなの前で読んだ時にはとても緊張している様子が伝わってきましたが、本番の卒業式の時には実に堂々としていて、しかも気持ちもこもっていて、素晴らしい答辞だったと思います。それだけ一生懸命に充実した高校生活を送ってきたんだろうなと思うと同時に、こんなふうに高校時代を通じて成長してきたんだなという感想も持ちました。

1年後、2年後、あるいは3年後、いずれ、ここにいるみんなも、このまま頑張って行けば、卒業式を迎えることができます。その時にみんなは何を語るのか、今から楽しみです。

 
さて、終業式に当たって何を話そうか、いろいろと考えました。

みんなは、2011年3月11日という日がどんな日か、何があった日か、わかりますか。

頷いている人がいるので、わかっている人もいるということだと思いますが、この日に東北地方で大きな地震が起き、それによって大災害がもたらされました。東日本大震災です。大きな地震が起きたということだけでも大変なことなのに、その影響で起きた大きな津波が海岸沿いの街を飲み込み、さらにその影響で福島第一原発から放射能が漏れるという、日本人が一度も経験したことのないような、大きな災害・事故が起きました。

死者・行方不明者は1万8千人を超え、避難した人はピーク時で40万人以上、今でも12万人以上の人たちが避難を余儀なくされています。

震災直後には、多くのボランティアや著名人が続々と現地に入りました。みんなの知っている有名な人や芸能人も大勢現地に行き、そのことがニュースになったりしましたが、その中に、さだまさしさんという人がいました。

みんなからすると少し世代が上かもしれませんが、名前は聞いたことがあると思います。心に沁みる、メッセージ性の強い詩ときれいなメロディーの曲を作るので、私は大好きなのですが、さだまさしさんは、トークも上手で、ウソっぽい発言をしない人だなあと日頃から思っている人です。

そのさださんが、悲しみに打ちひしがれる状況の人たちに会いに行った。声を掛けるのさえはばかられる中で、一体どんなことを話すのだろうかと、注目していました。

正確な表現は忘れましたが、さださんはおおよそこんなようなことを言ったのです。

東日本大震災で、自分の知り合いや大切な人を失った人もいるでしょう。それはとても悲しいことだし、残念なことだし、耐えきれないことでしょう。でも、朝「行って来ます」と言って出て行った人、夜「おやすみ」と言って眠りに就いた人、そんな人たちが亡くなってしまうことは、交通事故や病気や突発的なことなど、震災以外にもあり得ることです。むしろ、こうしていま生きているということが「奇跡」なのです。今ここでこうして生きている私たちは、そのことに感謝し、亡くなった人の分まで前向きに生きていくことが大事なのではないでしょうか。

表現は正確ではありませんが、おおよそそんなことを、テレビで放送されたコンサートで言っていたように思います。

今日こうしてここにいるみんなにも同じことを言いたいと思います。

これから、つらいこと、苦しいことがあるかも知れない。でも同時に、いいこと、楽しいこともある。みんなには、いまここで生きているという奇跡に感謝して、精一杯の高校生活を、そして人生を、歩んで行ってほしいと思っています。
 

充実した春休みを送り、新年度、元気な姿で会いましょう。

終わります。


  

Posted by 上田高等学校長  at 20:31

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